日本では古くから自然のすべてに魂や命が宿り、等しく尊重される存在として大切にされてきた。しかし、昨今の日本社会を見渡すとどうだろうか。開発により豊かな自然を失った地域が増え、犬や猫などの動物たちは日々、殺処分の危機にもさらされている。このような日本の現状に、教育現場から声を上げる方々がいる。今回は、都築学園グループ総長で福岡県太宰府市の学校法人都築育英学園福岡こども短期大学の都築仁子学長に、教育界が目指すべきものや同学が2024年8月に開設した動物愛育施設ワンヘルス・ガーデンの役割について伺った。

設立時から大自然の環境に恵まれたキャンパスのもとで育まれてきた学び舎
都築総長:都築学園グループの発祥の地は、福岡市高宮にある福岡第一高校です。その次に姉妹法人としてできましたのが、ここ太宰府にある都築育英学園で、昭和41年のことでした。前総長が欧米視察で大学とはどういう環境の中にあるものなのかの見聞を広められ、「自然に恵まれた広大なところに学び舎を開きたい!」という想いからこの地を開拓されました。
– 当初から自然を大切に、整備を進めてこられたわけですね。
都築総長:その通りでございます。現在の敷地には約5万坪の本格的なイングリッシュガーデンがありますが、25年前までは荒れた溜め池でした。当時は農業用調整地としてすでに使われておらず、管理もされておらず、ゴミ捨て場のような有り様でした。そこで私たちが地権を得まして環境保護のために、イギリス王室直属のガーデナーを招致し、およそ3年の歳月をかけて本格的イングリッシュガーデンへと大きく生まれ変わらせることに成功しました。
あとでぜひご覧になってみてください。当時のガーデナーたちは何万種類という途方もない原種を本国イギリスから調達されました。また、園内に配置されていますウッドデッキや石畳、石像のオーナメントなどもすべてイギリス製です。本格的なイングリッシュガーデンとしては、日本最大のスケールを誇っています。今では湖に白鳥も生息するようになりました。

提供:都築学園グループ・学校法人都築育英学園 所蔵
「天地万有、ものみな絶対の真と存在の意義がある」という日本古来の伝統の精神を受け継ぐ
都築総長:日本には古く大陸からさまざまな文化、文明が入ってきています。それを日本はアイデンティティをもって吸収統合し、独自の文化、文明として発展させてきました。仏教絵画もそのひとつです。例えば、多くの名刹(有名な寺のこと指すことば)で大切にされている秘蔵品のなかに涅槃(ねはん)図があります。お釈迦(しゃか)さまがお亡くなりになられたときのお姿ですね。
– 中国や朝鮮のものと日本のものとでは何か違いがあるのですか。
都築総長:日本の涅槃図には、多様な動物が描かれているものが多いのです。お釈迦さまの周りには、その死を悲しむ天上界の神々と共に、たくさんの人々、そして動物たちはもちろん、鳥類、昆虫までありとあらゆる生き物が描かれています。木も花も皆、生命あるものすべてがお釈迦さまの死を悲しんでいる。自然界のすべてが平等という、日本古来の精神を表しているのが涅槃図から見てとれます。まさに、私たち都築学園グループが当初から大切に受け継いできた精神「天地万有、ものみな絶対の真と存在の意義がある」そのものです。
– 今の日本の現状を考えますと耳の痛い話ですね。
都築総長:一方で、今の日本を見るとどうでしょうか。年々、減少傾向にあるとはいえ、年間1万頭ほどの犬猫が殺処分されています。(出典元:環境省「令和4年度 犬・猫の引取り及び負傷動物等の収容並びに処分の状況」)また、東日本大震災では、人々の避難の様子ばかりが大々的にメディアで報道されました。家族と共に暮らしていた動物のことはほとんど取り上げられませんでした。原発の緊急避難だったからです。まさか何か月も帰宅できないとは、誰もが思っていなかったものですから、多くの人々がペットを置いたまま避難されました。
でも、広い眼差しで惨状を見ていた方たちはいるのですね。当時、私は公益財団法人日本動物愛護協会の理事をしていました。「取り残されている動物、ペットたちを救って下さい」と全国から寄付金や物資が次々と寄せられました。愛護協会はボランティアの方々と協力して、取り残されている動物たちを救済するために、さまざま手を尽くしたのを今でも鮮明に覚えています。そのとき気づかされたのが、日本は先進国と自認しているのかもしれないけれど、犬や猫などのペット、そのほか動物たちの存在を本当の意味で真剣には考えてはいないのでは、と。
– 確かに、日本はどこか動物のことは後回しに感じます。
都築総長:今やどのご家庭にも当たり前にペットがいます。いざというとき、大切な家族(ペット)をどこに置いて逃げられると言うのでしょう。これは誰かが声を上げなければいけないと思いました。欧米先進国ではすでにシェルターを完備して、ペットの生存の権利が保障され、法的に確立されています。
日本は先進文明国のはずです。古くから日本には八百万(やおよろず)のもの、すべての生命を大切に崇めてきた精神があったはずです。ですから、欧米諸国と同様に法律を整備して、生まれてきた命の権利を保障するという社会に進歩していくことは可能だと思います。今、日本は世界から平和立国として注目されていることを自覚した方がいいのではないでしょうか。日本の料理が美味しいとか、伝統の建物が美しいとか、それも大きな文化的な価値ですけれど、もっと私たちが大切にすべきなのは、古くから受け継がれてきた気高い和の精神のはずです。

動物が人に与えてくれるものを見つめ直す
都築総長:犬や猫などペットたちも、私たち人間も同じ「ひとつの命」です。家族です。とくに犬。彼らは何千年も前から私たち人類の友であり、現代では家族です。無償の愛を与えてくれています。教育や訓練によって、警察犬や盲導犬、救助犬など犬にしか出来ないさまざまな役割を担ってくれています。
ある自閉症のお子さまたちの話です。これまで家族や保育士たち、そして、医療人たちがどんなに関わり、どう対応しても、心を開かなかった。一言も話さなかったようなお子さまたちが、訓練を受けたセラピー犬たちとの遊びを通して涙を流しながら「頑張れー!頑張れー!」と叫び出したのです。その光景を眼のあたりにした全員が深く感動して涙しました。
– セラピー犬が自閉症のお子さまの心を開いた瞬間ですね。
都築総長:私たち人が動物をかわいがってあげている、餌をあげている、と考えるのは、傲慢ではないでしょうか。人が犬からどんなに多くの恩恵を受けているのか、今一度、認識を改める必要があると思います。人も、動物も、自然も共に健やかさを目指せる社会でこそ、皆が幸せになれるはずなのです。
そのために政界や財界、法曹界、教育界、そして社会全体が眠っている魂を呼び起こし、かわいいばかりではなくて、犬や猫、私たちのそばにいれくれる動物たちの存在に心から「ありがとう」と感謝できる共生社会になっていけたらと思います。

動物愛育施設ワンヘルス・ガーデンに期待される役割
都築総長:動物福祉に関しては、日本は世界から今だに遅れている状態にあると思います。しかし、根底にある伝統文化をひも解くと、日本こそ世界を先導できる精神をもっている国なのです。その精神を今一度掘り起こし、広めていく拠点としてワンヘルス・ガーデンを設立しました。動物福祉の新しいテーマパークです。
そのまま保護施設シェルターと名付けてもよかったのですが、だいいち幼稚園・保育園からはじまり、イングリッシュガーデン、それからリンデンホールと、ここ都築育英学園一帯が生命を育む保育・教育の一大ガーデンとして構築されてきた歴史から、ワンヘルス・ガーデンと命名しました。
– 犬や猫のお世話は学生たちがされているのですか。
都築総長:日常のお世話は主に第一薬科大学附属高等学校では保育科の動物愛育コースに所属する生徒が、福岡こども短期大学では幼児教育研究会のうちどうぶつセラピー研究会に所属する学生たちが担ってくれています。もともと子ども好きな学生たちですから、犬や猫を大切にする慈愛の心をもっています。人の子どもの命も、動物の子どもの命も差はありません。産みの親の代わりに私たちが愛育させていただく。幼稚園や保育園でお子さまを預からせていただくのと同じです。
– 第一薬科大学附属高等学校・保育科の動物愛育コースは、どのようなカリキュラムなのでしょう。
都築総長:実際に犬や猫などの動物と触れ合いながら、その生態・飼育方法を勉強したり、「かわいい」だけではない責任をもった動物との向き合い方を学べたりするコースです。第一薬科大学附属高等学校・保育科の動物愛育コースでは愛玩動物飼養管理士の資格を目指せます。さらに、福岡こども短期大学まで進学しますと幼稚園教諭や保育士、養護教諭等の資格に加え、どうぶつ学を選択しますと、セラピードッグトレーナー、 動物健康管理士、 ペット防災管理士、 動物介護士、 ドッグシッター、 ペットロスケアアドバイザーも取得できます。
– 学内に動物愛護施設があるのは珍しいですよね。
都築総長:そうですね。ですから、ワンヘルス・ガーデンを設立するまでにはさまざまな障害がありました。でも、私たちはどのような苦難があっても平気です。犬や猫などのペットをはじめ、多くの動物たちとの共生Well-being(ウェルビーイング)のための活動を通して、必要とされている存在だと自負しています。堂々と胸を張って進むだけです。

都築総長
小さな一歩も、継続すれば世界を変える力となる
– 貴学が今後、実現していきたいことを教えてください。
都築総長:一番大切にしたいのはハード面ではなくて、ソフト面です。私たちが目指しているのは人と動物、環境すべての健全な状態をいかに守るのか、その教育と思想を広めていくことです。ワンヘルス・ガーデンは、あくまでもそのための第一歩に過ぎません。
そして、その一歩は小さなものかもしれませんが、子どもたちに関わる職業を目指している学生たちだからこそ、私たちの理想とする教育思想を受け継いで、教育者や保育者として次世代を担う子どもたちに繋げてくれたらいいなと。動物が不用意に虐げられることがない、人と動物が共に幸せに暮らせるWell-being社会を実現する一助となれたらと思っています。
【取材対象者情報】
| 業種 | 教育 |
| 事業所名 | 都築学園グループ・学校法人都築育英学園 福岡こども短期大学 |
| 担当者名 | 学園総長・学長 都築 仁子 |
| 所在地 | 〒818-0197 福岡県太宰府市五条3-11-25 |
| 連絡先 | 092-922-9231 |
| HP | https://www.tsuzukigakuengroup.com/affiliated_school/ |







