朝、柳川高校の校門をくぐる生徒たちの表情は一様に明るい。それを迎えるのが、生徒以上に元気いっぱいな絶校長こと古賀校長。「校長」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、厳格で遠い存在かもしれない。一方、絶校長はそのイメージを根本から覆す。昼休みになれば、生徒たちは校長室に気軽に集まる。ときにはただ雑談をしに、ときには悩みを打ち明けに。校長と生徒の距離が驚くほど近いのだ。今回は、古賀校長に生徒と向き合ううえで大切にされてきたことや、柳川高校として掲げるテーマ、大改革の裏側まで伺った。

生徒が気軽に立ち寄れる開かれた校長室
– 絶校長は生徒との距離はとても近いと伺いました。
絶校長:昼休みになると、生徒が次々と校長室に来てくれるんですよ。友だちと遊びに来てくれる子もいれば、悩みがあってひとりで相談しに来てくれる子もいます。
全国の学校で校長の名前を覚えている生徒がどれほどいるでしょうか。生徒は「校長」という単語だけで心のシャッターを下ろしがちじゃないですか。彼らにとって校長というのは全校朝礼で話しているイメージしかなくて……遠い存在なわけですよ。校長になるとき、生徒と距離があるのは絶対に嫌だな、と。ステレオタイプな校長のイメージを壊したいなと思ったわけです。だから、私は全校朝礼に全力をかけています。「校長先生、今日は何の話をしてくれるだろう」と生徒が体育館に向かいながらワクワクしてくれるように、話す内容にはとくにこだわって年間で戦略を立てて考えているんです。そうして生徒にメッセージを届けていると、学校全体の雰囲気がガラッと変わっていくのがよくわかります。校長がポジティブな発信をしつづけていると、生徒たちは明るくなりますし、自然と距離も近づいていくわけですよ。

自身の想いを伝えられる生徒を育てる
– 柳川高校では「伝える力」を重視されていると伺いました。
絶校長:昔はそのようなことは一切なかったです。友人の松岡修造くんが東京オリンピック応援団長として、テレビの企画で学校に遊びにきてくれたことがありました。でも、彼が生徒にインタビューしても、誰もしゃべれない……。その光景を目の当たりにしたとき、これまで自分は何をしてきたのだろう、と。校長として言いたいことを生徒に聞かせていただけだったのだと、一方通行だったのだと気づいたのです。
松岡くんが帰ってすぐ生徒たちを集めました。これまで全校朝礼で話してきて、皆がワクワクした目で聞いてくれて本当に嬉しかった。でも今日、それだけじゃダメだって。皆には聞く力はついてきたかもしれないけど、自分の感じたもの、思ったことを素直に相手に伝える力が足りていないことに気づいたんだ。このままでは嫌だ。どうだろう。皆で伝える力を身につけて来年、もう一度、松岡くんに来てもらわないか、と。そこから柳川高校では「伝える力」をテーマに活動してきました。
– 「伝える力」を身につけるためにどのような活動をされたのですか。
絶校長:日本の教育は生徒に答えを用意しすぎているように感じます。生徒たちはもう立派な大人です。自分たちで考えて、行動する力を持っています。「伝える力」を高めるのにどうしたらいいのか。迷ってもいい。自分たちで決めることが大切なのです。朝のホームルームで1分間スピーチをしてもいいし、クラスごとにやり方が違ってもいいじゃないですか。また以前、クラスごとにリボビタンDのパッケージデザインを大正製薬に提案し、商品化するという企画もしてみました。
このように生徒、教員、学校それぞれがどうすればいいのかを真剣に考え、行動しつづけてきた結果、今では生徒のプレゼン力はすごいことになっていますよ。さまざまな機会に外部から人が来たときに、生徒から積極的にしゃべれるようになりました。それこそ彼らの勢いに押されて大人側がタジタジになるくらいに。(笑)

10年かけ大人(教員)の意識を変えてきた
– 新たな挑戦は先生たちからの反発が大きかったのでは?
絶校長:それはありましたよ。先生たちにはこれまで何十年と積み重ねてきたもの、実績やその想いがあるわけですから。「学校ってこうあるべきだ」「高校生というのはこうあるべきだ」みたいなものを強く持っていた先生もいました。新しい柳川高校に作り変えたい!と先生たちに熱い想いを伝えても、反発される日々でした……。正直、校長になってすぐのころは、周りの先生と私の考え方にギャップがありすぎて、私が登校拒否したくなりましたもの。(笑)
そこで私が何をしたのかというと、全校朝礼で生徒に向けて夢を語り続けました。それは必然的に先生たちにも語りかけることになるわけです。話を聞きつづけるということは、私がどのような人間で、考え方で、これからどうしていきたいのか、その人となりが嫌でも伝わります。そうこうしているうち自然と変化が当たり前のものになっていき、先生たちも受け入れられる姿勢になってくる。今の学校の雰囲気になるのには10年かかりましたけどね。

生徒を、教員を信じているから進める
– 生徒たちに校則を作らせたという話も驚きでした。
絶校長:海外の学校の自由さがすべて正しいとは言わないけれども、日本の学校にありがちな規律で縛ろうとする考え方は違うのではないかなと思っています。そこで、生徒たちに校則も決めてもらいましょうよ、と提案したわけです。予想してはいましたが、先生たちからは猛反対。「校内がめちゃくちゃになりますよ」「来年の受験者がいなくなりますよ」と不安視する声であふれ返りましたよ。
私は先生たちにこう話しました。確かに戦後、日本は「型にはめる教育」によって経済成長してきた国だけれども、これからの時代はそれでは世界で活躍できる人材は生まれてこないよ。このままでは日本が世界から取り残されていって、それこそ今の子どもたちが大変な思いをすることになるよ、と。
以前、私がお会いしたソビエト連邦(現在のロシア)最後の最高指導者ゴルバチョフ氏は、「国の民主化を進めるにあたり十数年は混乱することを想定していた」「国の未来を考えるのならその混乱は必要なことだったのだ」と語っていました。柳川高校も同じです。数年混乱することはあるかもしれないけれど、柳川高校が次のステップに行くためには必要なことなのだと、改革を押し進めてきました。
– 校則を変えてみて、生徒たちに混乱はなかったのですか?
絶校長:ないとは言いません。(笑)校則を生徒に任せたことで、服装や頭髪などちょっとやりすぎじゃない、という生徒は出ましたが、ごく一部でした。そうした子には大人として諭してあげればいいだけでしょう。むしろ昔のように校則で押さえつけていないから、キラキラした目で登校する子が増えました。

柳川高校ならではのブランドを育てる
– 今は「美ポジ」というのをテーマに掲げているとか。
そうです。新たにテーマに掲げているのが「美ポジ(美意識を持ってポジティブに生きていこう)」。かっこよくいこうぜ!かわいくいこうぜ!未来に向かってポジティブにいこうぜ!という意味で、私が考えた言葉です。どこまで許容して、どこからがダメなのか。自由と規律の線引きは難しいものですが、その境界線はそれぞれが持っていいのではないでしょうか。大切なのは何かに誇りを持てるのかだと思うわけです。
例えば、神奈川県にある慶應義塾大学。「慶應ボーイ」と聞いたら、日本中誰もが「あの慶應ね」とイメージしますよね。これがまさに学校にとってのブランドで、生徒にとっての誇りなわけですよ。柳川高校でも「柳川スタイル」を作ろう!と。誰もが「あの柳川ね」とイメージしてくれるようなものをこれから作り上げていくのだと。ときに先生たちから「何をしたらいいんですか?」と聞かれることがありますが、私はわざとほったらかしにしています。まずは様子を見てみて、それぞれが思いおもいに考え、動いてみて、少しずつ「柳川スタイル」が形作られていけばいいのかなと。

ネガティブなときほどポジティブに
– 正直、「失敗したな」と思うことってあるのですか?
絶校長:いっぱいありますよ。でも、これ間違っているなと思ったらすぐ、ごめん!間違っていた!と謝って、次に進めばいいのです。忘れてはいけないのは、つねにポジティブでいること。人というのは大変なとき、つらいときネガティブになりがちじゃないですか。でも、そうしたときこそポジティブに。雨が降ってきてもいいじゃない。雨最高!と雨も楽しめばいいと思うわけです。
時間はかかるかもしれないけれど、人は変われる。周りの大人が本気で夢を語れば、生徒も堂々と夢を語れるようになって、学校全体が夢を語れる場になる。以前は私一人で夢を語っていました。でも、今は違う。皆で夢を語れている。だから今、校長室の窓に「We have dream(私たちには夢がある)」と書いているわけです。
– 最後に、これから入学する子どもたちにひと言いただけますか。
絶校長:Are you ready ? (子どもたちよ、準備はいいかい)
【取材対象者情報】
| 業種 | 教育 |
| 事業所名 | 学校法人柳商学園 柳川高等学校 |
| 担当者名 | 理事長・校長 古賀 賢 |
| 所在地 | 〒832-0061 福岡県柳川市本城町125 |
| 連絡先 | 0944-73-3333 |
| サイト | https://www.yanagawa.ed.jp/ |
| SNS | Instagram(@ yanagawa_high_school) |






