福岡県太宰府市、言わずと知れた天神信仰の聖地・太宰府天満宮を訪れると、そこには今、124年という長い時の節目にしか出会えない、奇跡のような光景が広がっている。「仮殿(かりどの)」。 御本殿の124年ぶりとなる大改修の間、御祭神である菅原道真公(天神さま)に一時的にお過ごしいただくための御住まいだ。本来、仮殿とは「仮」とはいえ神様の御住まいであることから、質実剛健な造りであることが多い。しかし、今目の前にあるそのたたずまいは、私の想像を軽やかに、そして美しく裏切ってくれる。朱塗りの楼門をくぐり、本来ならば重厚な御本殿が構えているはずの場所に視線をうつすと、そこにはこんもりとした「森」が浮かんでいた。そう、まさに森である。

この仮殿の設計を手がけたのは、世界的に活躍する建築家・藤本壮介氏。着想の源となったのは、道真公を慕って京の都から一夜にして飛んできたという、あまりに有名な「飛梅伝説」だ。豊かな自然が御本殿前に飛翔し、仮殿としてのたたずまいを作り上げた。そのコンセプトの通り、屋根の上には梅や楠をはじめとするさまざまな植物が植えられており、まるで植物たちが意思をもってそこに舞い降りたかのよう。
実際にその前に立つと、新しい建築物であるはずなのに、背後に広がる古の森と静かに調和している。屋根にたたえられた緑は、風に揺れ、季節を吸い込み、刻一刻とその表情を変えていく。斬新であるのに、どこか心落ち着く……そのような不思議な感覚に包まれる。
仮殿の魅力は、その外観だけにとどまらない。一歩中へと足を踏み入れると、そこには文化芸術の神様として慕われる道真公への、現代最高峰のクリエイターたちによる「献身」が詰まっているのが見てとれる。内部を彩る御帳(みちょう)と几帳(きちょう)のデザインは、ファッションブランド「Mame Kurogouchi」の黒河内真衣子氏が手がけた。多様な色の糸を使用し、古今の技術を組み合わせて編み込まれた布には、伝統的な意匠を守りながらも、令和という時代の息吹が吹き込まれている。

さらに、空間を包む「音」や「光」にも心をすませてほしい。サカナクションの山口一郎氏率いる株式会社NFが音響監修を、照明は面出薫氏率いる株式会社ライティング プランナーズ アソシエーツが担当した。目に見える光と、目に見えない音。それらが緻密に計算され、重なり合うことで、ここは単なる参拝の場を超えた、ひとつの祈りの聖域へと昇華されている。伝統をただ忠実に守るだけでなく、時代に合わせてしなやかに変化させていく。それこそが、1100年以上もこの地で信仰がつづいてきた理由のひとつなのかもしれない。
さて、歩みを進めながらふと思う。この仮殿は、あと少しの時が過ぎれば、その役目を終えるのか、と。御本殿の改修が完了し、道真公の御神霊が元の場所へと戻られる「正遷座祭(しょうせんざさい)」が斎行されれば、この美しい屋根も、現代の英知を結集した空間も、静かに解かれていく。屋根の上で命を謳歌していた木々は、そのまま天神の杜へと移植され、また新しい歴史の一部となって根を張る予定だという。

「残らない」からこそ……尊い。 私たちの人生も、あるいはこの美しい季節も、すべては移ろいゆくものだ。けれども、その刹那の瞬間にどれだけの情熱が注がれ、どれだけの美しさが宿るのか。この仮殿は、その問いに対するひとつの答えを提示してくれているような気がしてならない。
この姿を見られるのは、5月上旬まで。令和の今しか出会えない、天神さまの「特別なひと休み」に立ち会える時間は、きっとあなたの心に、言葉にならない豊かな余韻を残してくれるはずだ。さあ、太宰府の杜へ。その価値は、きっと足を運んだ人だけが、肌で感じ取れるものだから。
筆者:堀本 一徳(FCP 編集長)




