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コラム

熊本・三角町にある“もうひとつの街”——浮遊街を訪ねて

熊本県宇城市三角町の奥深い山間に、「浮遊街(ふゆうがい)」という不思議な名前の場所があるのをご存じだろうか。

浮遊街は、いわゆる観光地でも、商業施設でもない。自然とともに生き、自分らしい暮らしを模索する人々が集う、新しい形の「街」である。

福岡から出発し、九州自動車道を南下。熊本市を抜けて、松橋インターで降り、宇城市方面へと進み、八代海をかすめるころには、徐々に風景は山深くなっていく。やがてカーナビの案内も途絶えたころ、森の中にぽつんと立つ木製の看板が目に入る。

「SAIHATE(サイハテ)」と記されたその看板は、ここから別世界が始まることを告げているかのようだ。

その場所に一歩足を踏み入れると、まるで映画のワンシーンに迷い込んだような不思議な感覚に包まれる。

そこには、日常の喧騒を忘れさせる、静かな世界が広がっていた。木々に囲まれた広大な敷地には、手作りの小屋やウッドデッキ、自然素材を活かしたユニークな建築が点在している。たき火の跡や美しく咲く花壇には、レトニアやケイトウが見られ、整備され過ぎていないその様子が、むしろ心地いい。

まるで誰かの暮らしの一片を、そっとのぞき見ているような感覚だ。

訪れた日は、特別なイベントのない静かな一日であった。だからこそ見えてくるものがある。森にかこまれた空間には鳥のさえずりがひびき、風が葉をゆらす音が心地よく耳にとどく。その静けさの中にたたずむ建物や花壇のようすから、この場所が毎日のくらしに根ざしていることが、じんわりと伝わってきた。

浮遊街は、もともとエコビレッジ「サイハテ」として活動していた場所を引き継いで、2025年5月に新たな街として生まれ変わったものである。

この街の特徴のひとつは、暮らしそのものを「ロールプレイング」のように楽しむスタイル。住人たちはそれぞれ「ジョブ」と呼ばれる役割を担い、自らの時間とスキルを活かして、街の中で経済活動をしている。独自通貨も使われているというから、まるでゲームの中のようであり、興味深い。

今回はあくまで見学というかたちでの訪問であったが、自然の音と手仕事の温もりに包まれて、自分の時間が静かにほどけていくような、心と体が深く呼吸する空間に身を置くことができた。その場の空気感を肌で感じられたことは、大きな収穫であったろう。

「街」という言葉に抱きがちな喧騒や商業性は、ここ浮遊街には存在しない。あるのは自然とともに、自分の時間と選択を大切にしながら暮らす人々の、ただ穏やかな日常のみである。

これからの暮らし方にヒントを求める人々にとって、この街はひとつの答えとなり得るだろう。「浮遊」という言葉には、どこにも属さず、軽やかに漂うような印象がある。まさにこの街は、既存の枠に縛られることなく、誰しもが何者にもなれる可能性を秘めた場所であった。

次に訪れるときは、もう少し長く滞在してみたい。そんな想いを胸に、私はこの街をあとにした。

【外部リンク】浮遊街のオフィシャルサイトはこちら

筆者:松永 拓也

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