本来であれば廃棄されていたものを資源として捉え、新たな肥料として循環させることで、環境の負荷軽減を目指した農法“循環型農業”。ここ福岡県筑後市には高校生たちとともにその“循環型農業”に挑戦する農家がいる。今回は、あまおう酒の醸造過程で得られる酒粕を利用した堆肥づくりに取り組むあまおう農家の油小路さんと福岡市の博多女子高校・地域共創部の生徒さんたちにこれまでの取り組みや今後の展望などを伺った。

博多女子校 地域共創部の生徒たち
高校生の堆肥づくり、きっかけは「あまおう2025年問題」
– 博多女子高校があまおうに関わりはじめたきっかけは?
生徒たち:地域共創部の先輩たちによるあまおう関連の取り組みがはじまったのは2021年です。きっかけは「2025年にあまおうの育成者権が切れる」という危機感でした。育成者権がなくなると福岡県以外の農家さんでも育成が可能になります。すると、あまおうの価値が下がってしまう。その事実を多くの人に知ってもらうことを目的に活動をスタートしました。
まずは商品開発を通じたアプローチとして、傷があって出荷できないあまおうを活用したジャムづくりからはじまりました。狙いは、商品と一緒に育成者権の問題を広めること。活動を通じて、あまおうの価値を守れればとの考えでした。
先生方:あまおうの取り組みは彼女たちで4代目です。堆肥の活動は2代目からはじめました。生徒一人ひとりの活動期間は最大で2年間ですが、先輩が聞いてきた話をきちんと自分たちの活動に落とし込んで、その背中を見て育ってくれています。

– 堆肥はどのようにつくっているのでしょうか?
生徒たち:はじめは食品残渣をコンポストで堆肥化していたのですが、今はいちごのお酒を造るときにできる酒粕を発酵させてつくっています。活動場所は、学校にある商品開発室という専用の個室です。発酵し切るまでは、においがなかなか強烈なのですが……。押し込んで、密封して乗り切っています。
先生方:まだお酒のにおいに慣れていない世代なので、余計においが気になるみたいですね。(笑)
生徒たち:ただ、害虫対策のためにハッカ油を加えるようになってからは、においはだいぶ抑えられるようになりました。いずれ堆肥づくりを多くの家庭や農家さんに広めたいという想いもあるので、取り組みやすい方法を探るためにいろいろと試しているところです。
油小路さん:でも、酒粕の堆肥は一般的な堆肥よりもにおいが少ないんですよ。全然ないと言っていいくらい。自然のものでできているからだと思います。あまおうからお酒ができて、その酒粕からできた堆肥でまたあまおうを育てる。これってものすごく直接的な“循環”ですよね。

– 普通の堆肥と比べて、成分的にはいかがですか?
先生方:酒粕はとにかく栄養素が豊富です。人がそのまま食べるとしたら、普通に栄養満点。ただ、植物がその栄養を一気に吸い込むのかというと、まだちょっとどうなるかはわかっていません。
油小路さん:撒いてはみたのですが、まだ結果には出ていない状況です。どうしても年に1回しか試せないもので……。ですが今後、酒粕の堆肥の成分を分析してみて、どのくらいの量を、どのように入れるのが最適なのかという部分まで掘り下げて調べたいですね。
堆肥の中に酒粕が残っているなど課題もありますし、量をもっと増やす必要もありますから、まだまだこれからです。けれども、世界的に肥料が高騰しているなか、こうして自分たちで循環をつくっていけることは素晴らしいと感じています。

油小路さん
あまおう栽培の中にも「循環」あり
– 今が旬のあまおうですが、収穫にはどのくらいの時間がかかるのでしょうか?
油小路さん:時期によってまったく違いますが、3月の今くらいですと、2時間で150パック分くらいですかね。すべて手作業ですから、とにかく手間がかかります。でも、このやり方のほうが量は採れますし、味もおいしいんですよ。
– 商品を傷付けるわけにはいかないですもんね。
油小路さん:そうなんです。けれど、傷はどうしても付くもので、全体の5%ほどは出荷できない状態になるため加工に回します。水素水で汚れや農薬を落として、真空パックに入れて瞬間冷凍するんです。普通に冷凍したいちごと、瞬間冷凍したいちごでは味が全然違う。できるお酒の味もハッキリと違います。
生徒たち:加工、私たちも手伝いたいです! 今の2年生にも引き継ぎながら関わっていけたらいいなと思います。ところで、いちごの苗ってどうやって作るんですか?元々はタネからですか?
油小路さん:いえ、翌年用に取っておいたいちごの株から、株分けしていきます。4月に伸びてくるランナー(親株から垂れる細長い茎)をカットして分けていくと、苗ができるんです。さらに鉢分けしていくと、1つの株からだいたい30くらいの苗が育ちます。
それを繰り返して、6月から8月にかけて大体2万3,000株くらいの苗を作ります。できた苗は、9月にハウスに植えます。いちごそのものも循環しているわけですよ。

大手IT企業の営業職から新規就農者に!
– 油小路さんのいちごの栽培歴はどれくらいになるのですか?
先生方:油小路さんは別の業界から新規就農された方で、農業はまだ10年目なんですよ。私と知り合ったのはコロナ禍に入る前で、当時はいちご栽培をはじめてまだ5年目くらいの、ご夫妻でがんばってやっと軌道に乗ってきたというころでした。前職は大手IT企業で営業職をなさっていたんですよ。
– 創業経営者でいらっしゃるわけですね。ではなぜ、筑後でいちご農家になろうと思われたのでしょうか?
油小路さん:妻が筑後市出身なんです。一人っ子なのに東京に連れて行っちゃったわけですけれど、向こうには友達が誰もいない。なのに私は仕事にかまけていて、海外転勤もある環境で、妻にはずいぶんと負担をかけました。
そんなあるとき「これどこまでつづけるの?」と妻に言われたまして、妻の故郷への移住を考えはじめたんです。じゃあ夫婦二人、筑後でどんな仕事ができるのかって考えたとき、農業しか選択肢がなかったんですよね。
筑後に来て市役所で農業をやりたい、と相談したら「トマトといちごがありますが、どちらにしますか」と二択を提示されたんです。そこで加工品にもなるいちごを選び、1年間の研修を受けて就農しました。
– いちご栽培がうまくいくまでに、何年くらいかかりましたか。
油小路さん:それが……1〜2年目は気が張っていますし、いろいろ調べたりもするので、意外とできたんですよね。すると3~4年目で「うまくいってる!」ってうぬぼれちゃう。そうしたら自己流が入って周りの話を聞くことをやめてしまい、5〜6年目あたりで急に初心者以下になっちゃったんです。(笑)やっぱり、何事も当たり前のことをコツコツとやるのが一番ですよね。

– 最後に、今後の目標を教えてください。
油小路さん:博多女子高校の生徒さんたちと取り組んでいる酒粕での堆肥作りもそうです。従来は捨てられていた酒粕を「循環」という社会的意味に落とし込みながら、ちゃんとお金に変えられる取り組みにするにはどうすればいいのか日々、試行錯誤しているところです。
【取材対象者情報】
| 業種 | 農業 |
| 事業所名 | 彩果農園 |
| 担当者名 | 油小路 隆敏 |
| 所在地 | 〒833-0047 福岡県筑後市若菜立萩121-1 |
| SNS | Instagram(@est.berry) |











