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腐らない、割れない、人に優しいエコアコールウッドで描く”持続可能な森林の未来”|九州木材工業株式会社|福岡県筑後市

腐ることなく、割れることもない。何より、薬剤を使っていながら、小さな子どもがなめてしまっても大丈夫。そのような保存処理木材があるのをご存じだろうか。今やこれまで放置されがちであった間伐材に新たな付加価値をつけ、日本が世界に誇る文化遺産にも使用されまでになったエコアコールウッド。今回は、九州木材工業の角さんに、エコアコールウッドの開発話やその性能、目指したい社会について伺った。

産学官連携から生まれた奇跡の保存処理木材

– 九州木材工業はもともと製材所だったのでしょうか?

角さん:意外に思われるかもしれませんが、当社の原点は製材ではないのです。昭和5年(1930年)の創業当時は、電柱の製造販売が専門でした。当時は日本中で電力網の整備が急ピッチで進められていた時代です。ただ、木製の電柱は地面に直接立てるため、白アリや腐朽菌の被害を受けやすく5年か、10年で交換しなければなりませんでした。インフラを支えるうえで、この耐久性の低さは大きな課題だったのです。

そんな中、九州の電力会社各社から「腐りにくい、長持ちする電柱を作ってくれないか」という強い要請をいただきました。ヨーロッパから木材に防腐剤となる薬剤を注入する技術が伝わってきたころのことです。私たちはこの技術にいち早く着目しまして、注入設備を整備し、高耐久の電柱(丸太)製造に乗り出すことにしました。

とはいえ、もとから私たちに薬剤の専門知識があったわけではありません。そこで、東京大学から専門家をスカウトし、技術の基礎を固めました。昭和20年ごろからは九州大学の先生方との交流もはじまりまして、薬剤の分析や調合についてご指導いただきながら、ともに研究を進めていくこと。単なる製造会社ではなく、大学と連携する研究開発型の企業体質は、このころから培われてきたものなわけです。

– エコアコールウッドはどのような経緯で生まれたのですか?

角さん:それは九州大学との長年にわたる信頼関係があったからこそ生まれた、まさに奇跡のような技術です。九州大学に樋口先生という林産化学、とくにフェノール樹脂研究の第一人者がいらっしゃいました。

30年以上にわたる研究の末、平成8年(1996年)に発見されたのが、極めて分子が小さい特殊なフェノール樹脂・エコアコールです。木材の細胞はとても硬い壁で覆われていますから、その内部にまで薬剤を浸透させるのは至難の業とされてきました。しかし、このエコアコールは分子が小さいため、加圧・減圧を精密にコントロールすることで細胞壁の内部、ミクロの隙間にまで入り込むことができ、そして樹脂がガラスのように硬化して木材そのものを強化できます。

この歴史的な発見を実用化するにあたり、樋口先生がパートナーとして選んでくださったのが、古くから付き合いのあった私たち九州木材工業でした。そして、単なる企業と大学の連携に留まらず、福岡県の公的な支援や工業技術センターの分析能力も活用しようと、福岡県(官)、九州大学(学)、そして当社(産)による産学官連携の共同研究という壮大なプロジェクトがスタートします。

ただ、実用化への道はけっして平坦なものではありませんでした。最適な圧力、温度、時間、薬剤のpH値……。それらの組み合わせは無限で、私たちはまず小型の試験機で考えうるすべての組み合わせを試しました。その数じつに5,000回。昼夜を問わずデータを取りつづけ、最適な条件を突き詰めていきました。この気の遠くなるような実験の末に確立されたのが、現在のエコアコールウッドの製造技術なのです。

代表取締役社長 角さん

開発の裏に秘められた”日本の山を守りたい”という想い

– なぜそこまで時間と労力をかけて開発に取り組まれたのですか?

角さん:それは当時から私たちが抱いていた日本の林業に対する危機感からです。樋口先生からお話をいただいた1990年代後半、日本の山は深刻な問題を抱えていました。戦後に植林されたスギやヒノキが成長し、森を健康に保つためには”間伐”という間引きが不可欠な時期を迎えていました。しかし、間伐された木は山から運び出しても、運搬コストすらまかなえず、赤字になることが珍しくありません。その結果、間伐した木をそのまま山に放置する、いわゆる”捨て切り間伐”が全国で横行していたのです。

放置された間伐材は大雨が降れば土砂とともに流出する危険があります。手入れされない森は日光が入らず、下草が生えないため、土地の保水能力が失われ、生態系も貧しくなってしまう。このままでは日本の美しい山林がダメになる、そう思いました。

何とかして、これまで価値がないとされてきた間伐材に新たな付加価値を与えられないか。それは長年の課題でした。しかし、従来の薬剤処理では寸法安定性が低く、どうしても割れや曲がりが発生してしまう。そこに現れたのが、木材を内側から強化するエコアコールという技術です。これだ!と。腐りにくく、割れにくいだけでなく、木材そのものの性能を向上させられる。これならば、間伐材を付加価値の高い製品に変えることができる。まさに運命的な出会いだと感じました。

– エコアコールウッドのほかの木材にはない魅力を教えてください。

角さん:さまざまありますが大きくは”驚異的な耐久性”と”人体への安全性”でしょう。まず耐久性ですが、薬剤が細胞壁の内部で硬化するため、木材を腐らせる腐朽菌が栄養分を摂取できなくなり、半永久的に(理論的には94年間)腐食を防ぎます。また、木材の組織が強化されることで、シロアリの食害にも非常に強い耐性を持つのも特徴です。

そして、安全面では注入された樹脂は木材の成分と一体化して化学的に極めて安定した状態になるため、薬剤が溶け出したり、揮発したりすることがありません。その安全性は公共施設や公園の遊具、ウッドデッキなど子どもたちが直接素手で触れる場所でも採用されていることからおわかりいただけると思います。それこそ小さな子どもが万が一なめてしまっても健康に影響がないレベルの安全性を確保していまして、これはほかの防腐処理木材にはない大きな魅力です。

木の温もりや優しい手触りはそのままに、高い耐久性を実現し、それでいて人にも環境にも優しい。この三拍子がそろっていることこそが、エコアコールウッドの最大の魅力であり、私たちが自信を持って社会にお届けできる理由です。

嚴島神社(基礎部分、大鳥居の笠木などに使用)

7年の苦節をへて社会が気づきはじめた本物の価値

– これほど優れたエコアコールウッドですから、広まるのも早かったのでは?

角さん:いいえ。本格的な製造施設が完成し、いざ販売を開始したものの、最初の7年間は本当に売れませんでした。当時は鳴かず飛ばずでしたね。(笑)

理由はいくつか考えられます。ひとつは、実績がなかったこと。どんなに研究データ上で優れた性能を示していても、エコアコールウッドは世に出て間もない新しい製品です。「本当に何十年も大丈夫なのか?」というお客様の不安を払拭するには、時間がかかります。また、時代背景もあるでしょう。当時は「建築物といえば鉄筋コンクリート」という価値観が主流で、木材を主要な構造材として使うという発想自体が一般的ではありませんでした。

何より、価格の壁です。30年以上にわたる研究開発、特殊な製造設備の投資、そして優れた性能をもっているわけですから、どうしても従来の木材より高価になります。短期的なコストだけを比較されると、なかなか選んではいただけませんでした。社内でも「このままつづけていけるのか」という声がなかったわけではありません。しかし、私たちはこの技術の社会的意義を信じていました。日本の森林を救うために、未来の子どもたちのために、これは絶対に世に出さなければならない技術なのだと。その一心で、苦しい時期を耐え抜きました。

八女市役所新庁舎(3階の外装木製ルーバーなどに使用)

– 時代が変わり、今ではさまざまな場所で採用されていますよね。

角さん: 苦しい時代を乗り越え、環境意識の高まりとともに、エコアコールウッドの価値を理解してくださる方が増えてきたのは、本当に嬉しい限りです。とくに印象深いのは出雲大社や厳島神社といった、日本の歴史を象徴するような文化財建造物に採用されたことですね。これからも数百年にわたって受け継がれていく場所に、私たちの技術が選ばれた。それは、製品の耐久性や安全性が本物であると認めていただけた証であり、社員一同、大きな誇りを感じています。

また、私たちの地元である八女市の新庁舎に採用いただいたことも感慨深い出来事です。そして最近では、異業種の方々からお声がけいただく機会も増え、木材の新たな可能性を感じています。例えば、盗難被害の多い金属製グレーチング(側溝の蓋)の代わりにエコアコールウッドで製作したり、雪道用の靴の滑り止めとして耐久性の高い部材を供給したり。こうした思いもよらない分野とのコラボレーションは、私たちにとっても刺激的で、とても面白い挑戦です。

目指すのは”日本の林業の再生”と”木が身近な豊かな社会”

– 最後に、エコアコールウッドでどのような未来を目指したいですか?

角さん:私たちが目指す未来は、大きくふたつあります。ひとつは、日本の林業を再生させ、正常な森林サイクルを取り戻すことです。エコアコールウッドの需要が拡大し、これまで価値のつかなかった間伐材が適正な価格で取引されるようになれば、林業に携わる方々の暮らしが安定して、後継者も育ちます。そうなれば木を植え、手入れをして育て、伐って使い、また植える、という持続可能なサイクルが、日本中の山で再び当たり前のように回りはじめるはずです。それはCO2の固定化や水源の涵(かん)養、生物多様性の保全にもつながり、地球環境全体への貢献になると確信しています。

そしてもうひとつは、少し個人的な理想も入りますが、木がもっと身近にある、心豊かな社会を実現することです。住宅や公園はもちろん、例えば道路のガードレールのような無機質なものまで、社会のあらゆる場面で当たり前に木が使われるようになってほしいなと。木には人の心を落ち着かせて、穏やかにする不思議な力がありますよね。社会にもっと木の温もりが増えれば、人々の心にもゆとりが生まれて、ささいな争いごとも減っていくのではないかと本気で思っているのです。

私たちの技術はこれからの時代に絶対に必要とされるものだと信じています。今後も増えつづけるであろう需要にしっかりと応えられるよう準備を怠ることなく、日本の森林と人々の暮らし、その両方を豊かにしていくために全力を尽くしてまいります。

【取材対象者情報】

業種木材加工業
事業所名九州木材工業株式会社
担当者名代表取締役社長 角 博
所在地〒833-0041
福岡県筑後市大字和泉309-1
連絡先0942-53-2174
サイトhttps://www.kyumoku.co.jp/
SNSYouTube(九木チャンネル

 

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