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何度こけても立ち上がる“だるま”の精神で、地域のスケート文化を次世代へ繋ぐ|DARUMA SKATE|福岡県古賀市

近年、オリンピック種目として注目を集め「スポーツ」としての地位を確立しつつあるスケートボード。その根底には、技を称え合い、場所を共有することで言葉を介さずとも通じ合える独自の「カルチャー」、コミュニケーションの場としての魅力が息づいている。福岡県古賀市でスケートショップを営む廣渡さんは、かつて自身を育ててくれた地元のパークへの恩返しとして今、新たなパーク建設に携わっている。九州初となる伝統的スタイルに特化した新パークへの期待と、彼が信じるスケートボードの力について話を伺いました。

廣渡さん

仲間が集う「クルー」から、自分たちの居場所である「ショップ」へ

– DARUMA SKATE様のこれまでの歩みについて教えてください。

廣渡さん:「DARUMA SKATE」として店舗を構えたのは3年前ですが、その前身には「だるま」というスケートクルー(志を共にする仲間の集まり)として10年ほどの歴史があります。スケートパークで集まっていた仲間たちとのバックグラウンドを形にしたのがこのお店です。

僕自身、中学生の頃のスケートボードブームでこの世界にのめり込みました。当時はファッション雑誌の通販でパーツを買い、公園で先輩たちと滑るのが日常でしたね。一時期離れていた時期もありましたが、地元にスケートパークができたと聞いて戻ってきてからは、またスケートにどっぷりです。

– ショップでは、お客さんが自分でメンテナンスをするスタイルだとか。

廣渡さん:はい。うちでは購入された方に、自分自身でパーツを組んでもらうようにしています。僕自身がそうやって育ってきたからです。自分で道具の面倒を見れないと、壊れたときに対応できないし、何より愛着が湧きません。うちの店はパークで滑った帰りにふらっと寄って、道具をいじりながらダラダラ喋る。そんな、ただの店ではない「コミュニケーションの場」として作りたかったんです。

偶然の再会が引き寄せた、理想のパーク建設への道

– 今回、新しいパーク建設に関わることになった経緯を教えてください。

廣渡さん:20年前にできた旧パーク(愛称:ライブ・スケーツ古賀“LIVE SKATES KOGA”)が老朽化し、滑りづらくなって仲間たちが来なくなっていたのが寂しかったんです。古賀市スケート協会のメンバーとして新パークの話し合いには参加していましたが、一時は設計がなかなか進まず、僕自身も怪我などで少し離れていた時期がありました。

転機は、僕が骨折のリハビリ中に久々にパークを覗いたときです。工期が迫っているのに設計が固まっていない状況を知り、「ローカルのパークをちゃんとしたものにしたい」と、改めて話し合いに深く入り込む決意をしました。

– そこから、世界的なビルダーが関わることになったのは驚きのストーリーですね。

廣渡さん:本当に運命的でした。工事を請け負った地元の先輩が「スケートパークは作ったことがないから協力してくれ」と言ってくれて。その相談を仲間にしたところ、偶然にも、かつて僕が助けたことのある松井くん(@natty_concrete)というスケーターが、今は世界的なパークビルダーになって宮崎に来ていると聞いたんです。

彼はアメリカの専門会社で修行し、世界各地でパークを作るようなスペシャリストになっていました。「あの時の恩を返したい」と彼が二つ返事で福岡に来てくれることになりまして、今の建設チームが動き出しました。

九州初、伝統を継承する「トラディショナル」なパークの魅力

– 新しいパークの特徴である「トラディショナル特化」とは、どのようなものですか?

廣渡さん:街中の階段や手すりなどを模した「ストリート」とは異なり、お椀状のボウルなどが連なるスタイルをベースにしています。これは1970年代のカリフォルニアで、干ばつで水のなくなったプールを滑ったのがはじまりとされるスタイルです。

最近の競技志向のスケートを想定しつつ、「面白いパークを作ろう」という想いも込めています。コンクリートの滑らかさや形状に徹底的にこだわって、競技としてだけでなく、滑ること自体の心地よさや自分のスタイルを追求できる場所にもなる予定です。

競技の枠を超えた、多様なカルチャーが混ざり合う未来

– 地方でスケート文化を発信する中で、感じる魅力や難しさはありますか?

廣渡さん:スケートボードって、言葉がなくても滑っているだけで称え合える、最高のコミュニケーションツールなんです。滑りを見て「いい滑りだね」と称え合うだけで、県外から来た初対面のやつと意気投合して「うちに泊まっていけよ」なんて話が普通に成り立つこともあります。

ただ、最近の日本でスケートボードは「スポーツ」としての認識が強く、習い事のような温度差を感じることもあります 。本来はもっと自由で、年齢関係なく同じ目線で遊べるもの。そういう「カルチャー」としての魅力を伝えていくのが僕の役割だと思っています。

– このパークの先に、どのような未来を期待されていますか。

廣渡さん: あのパークがなければ、今の僕の人生もこの店もありませんでした。だからこそ、新しいパークでまた次の世代の出会いが生まれてほしい 。スケートボードだけでなく、モーターサイクルやアートなど、好きなものを極める人たちがジャンルを超えて繋がれる場所にしていきたいですね 。先ほど話に登場した松井くんとの出会いもそうです。

そして、店名の「DARUMA(だるま)」には、だるまのように何度こけても立ち上がるという精神を込めています。スケボーで培ったその精神は、きっと人生のどこかで役に立つ。パークが完成して、昔の仲間が戻ってきて、新しい子どもたちが混ざり合う。そんな景色を見られるようになるのが、今から楽しみで仕方ありません。

【取材対象者情報】

業種娯楽
事業所名DARUMA SKATE
担当者名廣渡
SNShttps://www.instagram.com/daruma_skate.4649/
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