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伝統を継ぎ、未来を拓く。若き職人がつむぐ火の芸術|筒井時正玩具花火製造所|福岡県みやま市

子どもの遊び道具であった花火を、大人が大切な人に贈りたくなる特別な存在へ。福岡県みやま市の筒井時正玩具花火製造所は、かつて廃業の危機にあった国産線香花火の火種を守り抜き、現代に新たな価値を吹き込んでいます。原料への妥協なき探究、冬の冷気の中でしか作れない伝統製法、そして「東京の真ん中で花火を上げる」という壮大な夢。その舵を握る若き職人・筒井太一さんが語る、手仕事のぬくもりと挑戦の軌跡に迫ります。

筒井時正玩具花火は「縁」からはじまった

– 筒井時正玩具花火製造所が国産線香花火の伝統を救ったと伺いました。

太一さん:弊社はもともと、子ども向けのおもちゃ花火製造所として1929年に創業しました。地域に根ざした家内工業として歩んできましたが、大きな転機が訪れたのは1999年のことです。当時、福岡県八女市に国内唯一の線香花火製造所がありました。そこは父とご縁のあるところだったのですが、後継者不在などで廃業が決まってしまったんです。

そこがなくなれば、日本から線香花火の灯が完全に消えてしまう……。その危機感と、「日本の伝統技術をここで途絶えさせてはいけない」という強い使命感から、父が修行を申し入れました。その線香花火製造所の廃業と同時にすべての製造技術と設備を引き継ぎ、私たちがそのバトンを受け取ることになったのです。現在は、弊社を含め国内に数社がこの文化を担っていますが、当時はまさに消えゆく寸前の灯火でした。その歴史の重みを背負いながら、一歩一歩、技術を磨きつづける毎日です。

筒井 太一さん

葛藤の末に見つけた、自分にしかできない「継承」の形

– 幼い頃から「将来は花火職人になる」と決意されていたのですか?

太一さん:いえ、実はかなり遠回りをしてきました。周囲からは当然のように「あなたは将来、家業を継いで花火屋さんになるんだよ」と言われて育ちましたが、それが逆にプレッシャーというか、窮屈に感じていたんです。子ども心に反発して、「自分はサッカー選手になるんだ!」と周囲に宣言したりしていましたね。とくに中高生の頃は思春期ということもあり、家業に対して素直になれない時期が長くつづきました。

けれど、大人になって一度外の社会に出てみると、不思議なことに、あれほど嫌がっていた言葉が心の端にずっと残っていることに気づいたんです。「自分にしか守れないものがあるのではないか」という思いが、無視できないほど大きくなっていました。何かの出来事で劇的にスイッチが入ったというよりは、時間をかけて自分の中で納得解を見つけていったという感覚です。21歳という転機の年にようやく覚悟が決まり、花火職人としての第一歩を踏み出しました。

「消費」ではなく「心に残る体験」を届ける

– 海外産の花火が主流の今、国産の手作りにこだわる理由は何でしょうか?

太一さん:最大の違いは、1本の中に込められた「色のドラマ」と「燃焼時間」です。海外産はコストを極限まで抑えるため、火薬の配合がシンプルで、火花の色も一色のまま終わることがほとんどです。一方、国産、とくに弊社の花火は、火薬の配合に徹底的にこだわります。複数の薬品を緻密に混ぜ合わせ、それを何層にも重ねることで、火をつけた瞬間の赤から、青、緑のように、花びらが開くように色が移ろっていくんです。

また、燃焼時間も格段に長いです。一般的に手持ち花火は卸値が安く、1本5円から10円で「消費」される世界ですが、弊社の花火は1本約100円。決して安くはありませんが、それだけの価値を1本にもたせています。単なる「遊び」を超えて、大切な方へプレゼントしたくなるようなデザイン、そして手に取った瞬間の質感までこだわっています。子どもの頃に感じた「一瞬で終わる寂しさ」を、「いつまでも眺めていたい美しさ」へと塗り替えたい。飾っておきたくなるような花火で、特別な体験を提供したいと考えています。

– 特別な体験というと、何かイベントもされていたりするのですか?

太一さん:はい。この伝統を広く知ってもらうためにワークショップも開催しています。例えば、5歳の小さな子から体験できる線香花火作りや、手持ち花火の筒に自由に絵を描く「えかきはなび」など。最近の子どもたちは花火に触れる機会が減っていますが、自分の手で作った花火が光る瞬間の感動は、一生の思い出になるはずです。それが将来、伝統を守る側への興味につながってくれればうれしいですね。

スボ手牡丹作りの様子

こだわりの原料を、自分たちの手で作る

– 原料へのこだわりもとても強いと伺いました。

太一さん:はい。線香花火にしか使われない硝煙(しょうえん)という素材があります。これは松の木を焼いて炭にする際に出る煙から採取されるもので、松脂(まつやに)という油分をたっぷりと含んでいます。この油分が火薬に特有の「粘り」を与え、線香花火特有の松葉のように弾ける火花を生み出すんです。江戸時代に偶然発見されたこの現象は、他のどんな花火にも見られない神秘的なものです。

– 筒井時正玩具花火製造所にしかない特別な花火があるそうですね。

太一さん:稲わらを軸に作る線香花火のスボ手牡丹のことですね。線香花火の原型とされます。現在、国内でこの花火を作っているのは弊社だけで、私たちはこのスボ手牡丹を守るために、自分たちで田んぼを持ち、米作りから行っています。おいしいお米を作るのが目的ではなく、「線香花火に最適なわら」を手に入れるための研究です。稲わらを乾燥させ、芯を抜いたものに、膠(にかわ)を混ぜた火薬を丁寧に付着させていきます。

この「膠」という素材がまた重要で、神社仏閣などの建設にも使われる天然の糊材なのですが、熱を加えて溶かし、冷えると固まる性質があります。夏場だと固まらずに垂れてしまうため、実はこの花火は、凍えるような寒さの冬にしか作ることができないんです。空気の澄んだ冬の夜、風に吹かれるほど美しく咲く……一輪の火の花。そんな線香花火の常識を覆す楽しみ方を、ぜひ多くの方に知っていただきたいです。

スボ手牡丹作りの様子

若き職人が描く、花火と場所の未来

– 太一さんが職人として感じるやりがいを教えてください。

太一さん:やりがいは、ワークショップなどのイベントで、参加された方々が自分の作った花火を目の当たりにして「わあ!」と喜んでくれる瞬間ですね。その笑顔が直接見られたとき、この仕事を継いでよかったと心から思います。一方で、難しさもつねに感じています。天然の原料は質が均一ではありません。例えば松の炭ひとつとっても、乾燥具合や粒子の細かさが箱ごとに違います。マニュアル通りの分量では、いつもと同じ火花は出ません。その場その場で薬品を微調整する「感覚」が求められます。父はこの領域の感覚がとても鋭くて、一朝一夕では辿り着けないその技術を本当に尊敬しています。

– また太一さんが今後、挑戦したいことも教えてください。

太一さん:これからの展望は……語り尽くせないほどあります(笑)。最大の夢は「東京のど真ん中で花火を上げる」ことですかね。今、都市部では公園での花火が禁止されるなど、花火を楽しめる場所がどんどん失われています。「花火は意外とどこでも、マナーを守れば楽しめるんだ」ということを、イベントを通じて再提案したいです。

また、地元・福岡大川の家具屋さんのように、若い世代がアイデアを出し合い、街全体を盛り上げている姿にとても刺激を受けています。私たちの花火も、そうした業種を超えたコラボレーションすることで、新しい価値を生み出せるはずです。イベントを開けば多くの人が足を運び、そこから会話や笑顔が生まれる。そんな、時代を明るく照らす会社を目指して、これからも挑戦をつづけていきます。

【取材対象者情報】

業種製造
事業所名筒井時正玩具花火製造所株式会社
担当者名筒井 太一
所在地〒835-0135
福岡県みやま市高田町竹飯1950-1
サイトhttps://tsutsuitokimasa.jp/
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