福岡県みやま市にある福岡県立山門高等学校。ここに絶滅危惧種であるニホンウナギをテーマに、ユニークな研究に日々取り組む生徒たちがいる。その名も”Oneヘルスクラブ”。きっかけは、一人の先生が新天地に持ち込んだ、ウナギの研究だった。「落ち葉を入れると、水槽の掃除がいらなくなる?」「鳥のフンに、ウナギが集まってきた?」彼らの探求は、身近な自然現象への素朴な疑問からはじまる。ウナギというひとつの命と真摯に向き合う活動は、やがて森、川、海のつながり、そして「人と動物と環境の健康はひとつ」と考える”ワンヘルス(One Health)”の理念へとつながっていく。今回は、クラブを率いる顧問の木庭先生と、探究心あふれる生徒たちに活動内容と今後の展望を詳しく伺った。

木庭先生
顧問の木庭先生に聞く。Oneヘルスクラブのはじまりの物語
– なぜ高校でウナギの研究をされているのでしょうか?
木庭先生:話すと長くなるのですが、もともと私は柳川市にある伝習館高校に勤めていまして、そこの生徒たちと一緒にウナギの研究をしていました。ウナギの捕獲や研究には特別な許可が必要で、その許可は私個人が受けているものなのです。
それが2023年に、ここ山門高校に転勤することが決まりまして。もちろん、研究設備やノウハウを伝習館に残していくという選択肢もありました。ですが、この研究は一筋縄ではいきません。すべての個人の時間を費やさないと、前に進めることはできないものです。仮に伝習館と山門、両方でやるとなると、どちらも中途半端になってしまう。それは、どちらの生徒に対しても誠実ではないと感じました。
それで覚悟を決めまして、ウナギの研究に関するすべてを山門高校に持ってくることにしました。ただ、だからと言って、伝習館でこれまでしてきたことがゼロになるわけではありません。研究する過程で得たもの、つまり「何に興味を持ち、どう学び、どう表現するのか」という探求の本質は、伝習館の生徒たちのなかにしっかりと残ってくれていると、そう信じています。
– とはいえ、新しい学校でまたゼロからはじめるのは大変だったのでは?
木庭先生:それが、また運がよかったんでしょうね。山門高校に赴任してみたら、なんと校長先生が私の中学時代の後輩だったんですよ。伝習館でこういう取り組みをしてきたんだ、という話をしたところ「それは面白い、ぜひやりましょう!」と二つ返事で許可してくれたんです。
– そもそも先生は、昔からウナギに大変詳しかったのですか?
木庭先生:いえいえ。(笑)全くそのようなことはないです。この話をするには、私の恩人の話をしないといけませんね。京都大学の名誉教授で、田中克(たなか まさる)先生という方がいらっしゃいます。”森里海連環学(もりさとうみれんかんがく)”という学問を作られた、その分野の第一人者です。
この森里海連環学というのは、森・里・川・海といった環境と、そこに住む生物、そして私たち人間との間には、互いに影響を与え合う”双方向性の関係”がある、という考え方で、私たちの活動のベースになっているものです。

– それがクラブの理念であるワンヘルスにもつながってくるわけですね。
木庭先生:その通りです。私はワンヘルスでうたわれている「人と動物、環境が、健全に支え合っていく社会」というのは、まさにこの森里海連環学が示す”双方向の関係性”を、もっと多くの人に分かりやすく伝えている言葉なのだと解釈しています。
話を戻しますと、その田中先生と親交があった縁で、九州大学の望岡典隆(もちおか のりたか)先生をご紹介いただきました。望岡先生は以前から伝習館高校でウナギの研究ができないかと考えていらしたようで、私をウナギの採捕者として登録してくださいました。それが全てのはじまりです。
ですから、私自身が最初からウナギにすごく興味があったわけではないんです。2014年の望岡先生との出会いを通してはじめてウナギという生物を深く知り、自ら捕獲し、生徒たちと研究していくなかで、だんだんと面白くなってきた。いや、本当に面白いんですよ、ウナギって。
– 先生をそこまで惹きつける、ウナギの面白さ、魅力とは何なのでしょう?
木庭先生:ご存じですか?ウナギが生まれる場所を。日本から約2,500kmも離れた西マリアナ海嶺のあたりです。そこから、レプトケファルスという柳の葉のような姿のウナギの幼生が、はるばる旅をして日本までやってくる。
詳しい場所は言えませんが、4月に有明海の採捕場に行きますと、多いときには一晩で1,000匹くらいのシラスウナギが獲れることもあります。満潮時に水面に上がってきたところをライトで照らしますと、光に向かってキラキラと輝く小さな命が集まってきます。その光景は神秘的です。
ウナギは海を何千キロも旅して、日本に着いてからは川をのぼって、山の上の方まで行くこともあります。とても強い生き物なのです。一方で、その生命のサイクルが成立するためには、環境が正常につながっていないといけない。雨が降り、森の土に染み込み、豊かな栄養を含んだ水が川となって、やがて海へと流れていく。その自然の連環のどこかひとつでも途切れてしまうと、彼らは命をつないでいけないんです。自然と共存しながら、たくましく生きている。その姿が興味深いですよね。

生徒たちに聞く。入部のきっかけと研究して感じたもの
– どうしてOneヘルスクラブに入ろうと思ったのですか?
生徒さん:1年生のときの生物の担当が木庭先生でした。クラブを設立されたばかりのころで、授業のはじまりと終わりに毎回「Oneヘルスクラブに入って、入って!」って言うんですよ。(笑)それで、まあ1回くらいは行ってみてもいいかな、と思って見学してみたら、そこからずるずると引き込まれました。今まで”食べるだけ”の存在だったウナギの、全く知らない生態や研究の世界に触れて。そのめったにない経験に好奇心が駆り立てられて、いつの間にかこれは楽しいなって思うようになったのが、ここまでつづけられている理由です。
生徒さん:私は中学生のころから、将来は動物に関わる専門の道に進みたいと考えていました。山門高校に入学して、木庭先生が授業で『動物のお医者さん』という本を紹介してくださったことがあって、話をするなかで「Oneヘルスクラブを立ち上げるんだけど、どう?」と誘っていただいて。生物の研究ができるなら、ぜひ!と思って、自分から入ることを決めました。
生徒さん:私も木庭先生に誘われて入りました。最初は正直、そこまで強い興味があったわけではなかったんです。でも、ワンヘルスクラブの活動は校内の水槽を前にするだけじゃなくて、外に出て調査活動をしたり、イベントに参加したりもします。全国規模の発表会で自分たちの研究を発表する機会もありました。そうやっていろいろな場所に行って、専門家の方々から直接話を聞いたり、質問できたりするのは、普通の高校生活では絶対にできない経験です。校内での地道な研究だけでなく、そういった活動全体がすごく楽しいなと今では思っています。

– では、まずは”落ち葉チーム”から研究内容を教えていただけますか?
落ち葉チーム:はい。僕たちは落ち葉がもつ水質浄化の効果は、海水でも通用するのか、という実験をしています。淡水の水槽では、落ち葉を入れることで分解者が働き、持続可能な水環境が実現できることは私たちの研究ですでに分かっています。これがもし海水でも応用できれば、画期的な技術になるはずです。
使用しているのは、みやま市の特産品である樟脳(しょうのう)の原料にもなるクスノキの落ち葉です。その殺菌作用や防虫作用が水環境によい影響を与えているのではないか、という仮説を立てています。海水を入れたばかりの水槽は磯のにおいがしますが、クスノキの落ち葉を入れて3〜4日も経つと、においがかなり抑えられるんですよ。驚くべきことに、一度落ち葉を入れると、ウナギが成長して放流するまで、水槽の清掃はほとんど必要ありません。

– つづいて”フルボ酸チーム”の研究について教えてください。
フルボ酸チーム:さっきの落ち葉チームの研究で、落ち葉を入れると水換えをしなくてもいいことは分かってきているのですが、私たちはそれはなぜなのか?というメカニズムの解明に挑戦しています。
私たちはその理由として”腐植物質”が関わっているのではないかと考えました。その中でも”フルボ酸”という、植物や動物が微生物によって長い年月をかけて分解されてできる物質に着目しています。フルボ酸には土壌を改善したり、生き物の生育を促進したりする働きがあると言われています。それぞれの水槽に希釈濃度を変えたフルボ酸を加えて、ウナギの生育にどのような差が出るのかを経過観察しているところです。実験をはじめてまだ数か月ほどですが、すでにウナギの大きさや活動量に差が見えはじめていて、これからが楽しみです。

– 最後に”栄養塩チーム”の研究について教えてください。
栄養塩チーム:木庭先生がウナギを採捕する場所の岩場に、よく鳥のフンが落ちているそうなんです。あるとき、そのフンを掃除するために川に落としていたら、ウナギがワッと寄ってきたそうで。何でだろう?という疑問から、私たちの研究ははじまりました。
今は排泄物や食べ残しなどを発酵させて作られる液肥から、”栄養塩”というものを生成しています。その栄養塩がどのくらいの濃度からウナギが反応するのかを調べているところです。正直、この研究の成果が将来何の役に立つのかはまだ分かりません。でも、研究してみたい、と先生に言ったら「ぜひやってくれ」と背中を押してくださって。この研究を通して、私と同じように「なんだかよく分からないけれど、ウナギって面白いな」って、誰かが興味を持ってくれるきっかけになったらうれしいな、という思いで活動しています。

Oneヘルスクラブの生徒さんたち
– 皆さんはこの活動を通して今後どのようなことを実現したいですか?
生徒さん:(落ち葉チームの研究に関して)今はウナギを研究していますが、この技術が確立されれば、ウナギ以外の養殖業にも広く応用できるかもしれません。さらに、水を浄化できるということは、将来的には私たちの生活排水を処理する浄化槽などにもこの仕組みが使われるようになるかもしれない。そんな風に、自分たちの研究が社会の役に立つかもしれないこと考えると、ワクワクします。
生徒さん:ウナギを題材に研究するということは、ウナギが生きる環境、つまり森や川、海のつながりについて知るということです。それって、まさにクラブの名前にもなっているワンヘルスの考え方そのものだと思います。私たちの活動や発表が、高校生だけでなく、地域の方々やもっといろいろな人々がワンヘルスについて知る、そのひとつのきっかけになってくれたら、これ以上うれしいことはありません。
【取材対象者情報】
| 業種 | 教育 |
| 事業所名 | 福岡県立山門高等学校 |
| 担当者名 | Oneヘルスクラブ顧問 木庭慎治 |
| 所在地 | 〒835-0025 福岡県みやま市瀬高町上庄1740 |
| サイト | https://yamato.fku.ed.jp/ |








